と聞いて、ジャーナリスティックな話題だと思う人はまずいないだろう。
そうです『社会の窓』といえば、あのズボンのチャックのことなのです。
ノーパンに続いてまた下の方の話なのです。
先日、とある場所で、とある知人の姿を見つけ、およそ25mほどの距離を笑みをたたえながら、その知人の元へと進みました。
知人もこちらの存在に気がつき、お互い目で挨拶をしたのですが、
二人の距離が近づくにつれて、だんだんその知人の顔が曇って行きます。
とても困ったような顔をして、それでいて、何か大事なことを伝えたそうな表情で、それでもそれが叶わず諦めたように、首を小さく何度も横に振ります。
不審に思いながらもその知人の元にたどり着くと、彼は言いました。
「あいてる。あいてる」
すぐに気がつき何事もなかったかのようにチャックを閉めました。
「コートで隠れてたでしょ?」
と意味不明のことを言うしかない私に、彼は何度も首を横に振りました。
彼の隣に坐り、少しの間のあと、お互い何事もなかったように近況を語り合ったのですが、よく見ると、彼の顔が真っ赤になっていました。
とてもいい人だと思いました。
そして彼をこんなに恥じ入らせてしまった自分を深く恥じました。
「まあ、チャックが開いてたからと言ったってさ、別に何かが見えるわけでもなし、気にすんな、気にすんな!」
と逆に励ましてあげたくなりました。
ところで何故ズボンのチャックを『社会の窓』と言うのか気になって調べたところ、
「社会の窓とは男性が履くズボンの前部にあるファスナー(ジッパー、チャックともいう)のことである。これは1948年(昭和23年)〜1960年(昭和35年)にNHKラジオが放送した番組『社会の窓』からきている。同番組は社会の内情を暴きだすという内容であった。これが大事な物が隠された場所という解釈になり、男性の大事な部分が隠されているズボンのファスナーを社会の窓と呼ぶようになった。なお、トイレ以外でファスナーが閉じていない状態を社会の窓が開いているという。」(日本語俗語辞典)
だそうです。
「男性の大事な部分」という箇所が実に馬鹿らしい。
世界的に政治の季節の匂いが漂う今日、
社会の窓は常に開いておきたいものだ。