「(無駄に女っぽく伸びをしながら)う~ん、おはよう!」
・・・まだ誰も起きていませんでした。
離れの扉を開けるとドピーカンの景色。
(撮影原田亮氏)
畑と山!
すでに農作業を始められている畑山さんとすれ違い、朝のご挨拶。
「畑と山で畑山さん、か。・・・」
そんなことをブツブツ呟きながらタバコを吸いに駐車場に止めてある車に向かいます。
起き抜けのタバコを吸いながら香盤表に目を走らせます。
「きょうは地獄だな」
そんなわけで『アイム・オール・ライト』山梨ロケ2日目!
タバコを吸い終わり離れに戻ると皆さん布団をたたんで掃除機をかけていました。
ゴミや荷物、衣装などをまとめ車に詰め込み畑山さんにご挨拶。
本当に何から何までお世話になりました!
皆で挨拶をして車に乗り込みます。
今日は終日稲村さんのサニートラックを劇用車としてお借りします。
私、三本松さん、蓮尾さんの3人はレンタカーのセレナ、礒部さん原田さんは劇用車のサニートラックで移動です。
畑山農場さんから15分ほどのJR「日野春駅」に到着。
日野春駅周辺で4シーンほどを中抜き撮影。
ほぼ香盤表通り撮影は進みましたが今日は昼飯をゆっくり食べている時間はありません。
途中セブンエレブンに寄って駐車場で昼食。
すぐに次の撮影地、野辺山「びっくり市」に向かいます。
野辺山「びっくり市」のやたら広い駐車場で買い出しシーンを撮影。
と、ここで山梨ロケ2度目のアクシデント!
なんとまたサニートラックのバッテリーが上がってしまいました。
何もしてないのにバッテリーが上がってエンジンかからない。
劇用車を使う撮影は始まったばかり。
前夜にバッテリーを変えたばかりだったので畑山さんからブースターは借りていませんでした。
「まいったな。どうすっぺか」
しばらく考えましたが何もアイデアが浮かびませんでした。
と、蓮尾さんが言いました。
「押しがけだな」
押しがけ!
オートマ車運転が当たり前の今日、私はこのスキルをすっかり忘れていました。
押しがけとは・・・
「押しがけ」(wikipedia)
となったら皆で押します。とにかく押します。
運転手は蓮尾さん。
私、礒部さん、原田さんの三人で押します。
幸い「びっくり市」の駐車場はやたら広いです。
「あいつらなにやってんだ~?」
という周囲の目など気にせず押します。
車がかなりの速度になってきたところで蓮尾さんがクラッチをつなぎます。
「ブルン!ブロロロロー!」
エンジンかかりました!
しゃあー!
と撮影続行。
しかしまたすぐにエンジン停止。
私、「びっくり市」の駐車場で頭抱えて体育座りしそうになりました。
「まあ、古い車だからな」
と蓮尾さんが声をかけてくれます。
「押しがけだな」
押しがけー!
皆で押します。とにかく押します。
運転手は蓮尾さん。
私はよくわからないけど三本松くんに「これカメラ回しておいて」
と記録を頼みました。
車がかなりの速度になってきたところで蓮尾さんがクラッチをつなぎます。
「キュルッ、ポン」
エンジンかかりません。
さあ、3度目の押しがけ!
私は「カメラ俺やるわ」と三本松さんに押し役をなすりつけました。
・・・だめでした。
この絵なんか見たことありますね。
・・・そうです。北海道ロケの礒部さんです。
ところが皆が車押しすぎてへばっているところ、蓮尾さんが試しにイグニッションキーを回すと、
「ブルン!ブロロロロー!」
サニトラ復活!
これ以降この日の深夜4時まで我々は決してサニトラのエンジンを止めませんでした。
「びっくり市」での撮影を終え、次の車走行シーンのため一度宿泊先の山荘に戻ります。
山荘近くの山道で走行シーン撮影。
撮影はとてもスムーズに進みました。
次の撮影がナイトシーンのため一度宿に戻ります。
部屋の中でゴロリと寝転びながら1時間ほど皆で本読み。
日没を待って車走行のナイトシーン。
今回の撮影地山梨県の北杜市は日が沈むと気温が一気に下がります。
サニトラの荷台にカメラを置いて撮影する私と三本松さんの体温を冷たい風が否応なしに奪っていきます。
『二百三高地』の仲代さんや『人間の条件』の仲代さんに比べたら「屁の河童」ですがね。
そう考えると仲代達矢さん、映画の現場ではかなり寒い思いをしていますね・・・。
そんな訳で、カット数で言えば3カットの単純なシーンであったにも関わらず、時間的にかなり押してしまいました。
蓮尾さん、礒部さんにも若干疲れが窺え始めます。
なによりこれまで完璧だった私と三本松さんのコンビネーションにだいぶズレが生じてきました。
それまでは、三本松さん「トス」→私「アタック」というように上手くいっていたコンビネーションが、三本松さん「トス」→私「トス」→三本松さん「トス」→私「タッチネット」・・・といった具合です。
まあ、我ながらちょっとよくわからない例えですが・・・。
唯一、原田さんだけがまだまだ行けそうでした。今回のメンバーでは最年少。さすがです。
ちなみに、助手席で礒部さんが寝ているのは疲れているからではありません。
脚本上寝ているだけです。
周りに何もない、人気もない巨大な駐車場でライトを焚き、本日の蓮尾さんラストカットを撮影、撮影終了後すぐに
「メシだメシ!飯にしよう!」
と監督判断で急遽晩飯を食べることにしました。
今思えばただ単に私がシャリバテしたのでしょう。
撮影場所から車で1分ほどのラーメンハウスに移動。
皆でラーメンと餃子を食しました。
皆の感想
蓮尾さん(ニラあんかけそば)「あんかけが熱すぎて味よくわからんかった」
礒部さん(味噌ラーメン)「思ったより、美味かったです」
私「(醤油ラーメン)「本当になんでもないラーメンでした」
原田さんと三本松さんは特にコメントなしでした。
本日の撮影を終えた蓮尾さんを一旦宿舎に送ります。
宿舎の門限が22時なのでそれ以降を過ぎると締め出されてしまうからです。
ほぼ22時ぴったりに宿舎に到着、蓮尾さんを宿舎に残し、4人で再出発。
先ほどの巨大な駐車場に戻り、止まった車で車内の撮影。
長台詞のやり取りがあるためリハーサルにも撮影にも時間がかかります。
メシも食った後なので1日の疲れが一気に出てきます。
寒さにブルブル震えながら車内の二人を演出をするのですが、もう何が何だか、演出の言葉も噛み噛みです。
タバコの本数も増えてきます。
それでも車内の礒部さんと原田さんはとても楽しそうにリハーサルを重ねていました。
それを見ていると私も元気が出てくるから不思議です。
礒部さんが私物のダウンを貸してくれました。
これがムチャクチャ暖かく、とても助かりました。
監督に私物のダウンを貸してくれる俳優なんて今思い返してもちょっと涙出てきます。
そのダウンのポケットに礒部さんの財布が入っていて、撮影中に落としてしまい、ダウンを返した時に「星野さん財布ないんですけど、どこかで落としました?」何てことになったら最悪だなと思いつつも財布を礒部さんに渡すアイデアも出てこないぐらいテンパってました。
写真は『アイム・オール・ライト』主演高川裕也さんの若かりし頃の写真です。
とてもエモーショナルなシーンになりました。
幾つかのカットを撮り終え、次は原田亮さんの特殊メイクに入ります。
このメイクは私自身がやります。
原節子さんや有馬稲子さんの涙のメイクを小津安二郎監督自らやったように。
私「これやるとハゲるで~」
原田さん「やめてくださ~い!」
私「いや、やめんぞ~。もっと行ったる~」
原田さん「きゃ~!」
といった具合に男二人で深夜の駐車場でキャッキャと燥ぎながらメイクを済ませました。
映画の中では原田さんのラストシーンとなるカットを撮影。
何度かリハーサルを重ね撮影開始。
深夜まで粘った甲斐のある撮影となりました。
台本に書いた時に思い描いていたものを数段上回るシーンになりました。
礒部さん、原田さんありがとう!
余韻に浸る間もなく撮影機材、照明を撤収。
次のロケ地に向かいます。
この時点で深夜2時過ぎ。
RECボタンを押す私の手が寒さで震えます。小さなRECボタンをなかなかうまく押せません。
と、三本松さんがコンビニでカイロを買ってきてくれました。
私は手渡されたカイロで涙を拭きました。
撮影終了!
しゃー!
あと1シーンだ!
皆で宿舎に向かいます。
宿舎前の道で2カット撮影。
「井上」役の礒部さんと「青木」役の原田さんが車の運転を変わるシーンです。
井上「マニュアルだけど運転できる?」
青木「くだんねえこと聞くなよ」
と「青木」役の原田さんが運転席に乗り込むのですが、見事にエンストしました。
エンストの後、とても慎重にクラッチを繋いでノロノロと、二人を乗せたサニトラは坂道を登って我々の前から消えて行きました。とても味わいのあるラストカットでした。
撮影を終え宿舎の駐車場に車を止め、蓮尾さんに電話をして正面玄関の鍵を開けに出てきてもらいます。
蓮尾さん「お疲れ~」
撮影を終えた我々を蓮尾さんが玄関で出迎えてくれます。
皆でスリッパをスリッパスリッパしながら部屋に向かいます。
部屋の扉を開けると!
そこには綺麗に布団が敷かれていました。
蓮尾さん「お疲れだったね~」
皆「わー、蓮尾さんが敷いてくれたんですか?」
蓮尾さん「そうだよ~」
皆「ありがとうございます!」
蓮尾さん「いやいや~」
私「あ、でも・・・」
蓮尾さん「うん?」
私「・・・布団4つしかないすね」
蓮尾さん「・・・あれ?5人?・・・だっけ?・・・え?なんか怖い・・・」
「いやいやいや~」と皆の足元に私用の布団を敷きながら私は蓮尾さんの心遣いにシーツで涙を拭いました。
宿舎の自販機で缶ビールを買って皆でささやかな打ち上げ。
ささやかと言いながらも皆であーだこーだとお喋り。
気がついたら4時半。
「やべーやべー」と皆で布団にもぐりこみました。
しかし、ほぼ初めて出会った男5人が横並び(一人足元)になって寝るなんて、映画撮影でしかありえない素晴らしいシチュエーションですね。
3日目も晴天なり。
布団を畳み、部屋を掃除してゴミをまとめ宿舎を出ます。
まずは劇用車のサニートラックを稲村さんの家に返却。
稲村宗そうしゅうさん、朋子さん、ロケ先のコーディネートから劇用車まで、本当にありがとうございました!
須玉ICで中央道に乗り一路東京へ。
今回のロケの目的は映画撮影なので良い画を撮ることは勿論ですが、皆を安全に日常の世界に送り返すことも監督の仕事です。
まあ、普通監督は車運転しないんですけど、我々インディペンデントなんで皆の命は一旦監督の私が預かることになります。
これがむしろ撮影よりも緊張するんです。
何しろ未来も才能もある人たちですから。
とにかく安全運転で東京へ。
無事東京に到着。
某駅前に向かい、ロータリー近くの路地に車を止め原田さんとお別れ。
熱く抱擁。
原田さん2泊3日の強行軍、ありがとうございました!
原田さんのいなくなった車内はそのぶん寂しくなります。
蓮尾さん「俺は朝拾ってくれたコンビニのところでいいからさ」
私「リョーカイです」
蓮尾さん「でもなんか寂しいからさ、コンビニでみんなでコーヒー飲もうよ」
私「ですね」
蓮尾さんの自宅近くのコンビニに車を止め皆でコーヒーを飲みながら一服。
他愛もない会話をした後、
「じゃ、そろそろ」
とコンビニ前で蓮尾さんと別れます。
バックミラーで衣装の入ったキャリーケースをゴロゴロ引いて行く蓮尾さんを見送りながら礒部さんの最寄駅へと車を走らせます。
5人いた仲間が3人になるとさすがに寂しくなります。
5人が一緒にいた時間はたったの2泊3日なのに不思議です。
普段あまり感じない寂しさですね。
地方ロケの醍醐味っちゃ、醍醐味です。
甲州街道沿いで礒部さんとお別れ。
ハグを強要する私に「え?まじすか?まだこの先長いですよ?」といった感じでぎこちなく私のハグに対応する礒部さん。
とうとう二人きりになってしまった私と三本松さん。
三本松さんオススメのやたら狭い抜け道を通って、とある病院前でお別れ。
今回のロケ、三本松さんの助力がなければ多分私、途中で現場を放り投げて失踪していたと思います。それぐらいの過酷なロケでした。
スケジュール的に差し迫った中でのオファーにも関わらず、我々の映画旅を細やかにサポートして頂き有難うございました!
次回の撮影は3月29日!
もう終わってる!
関係者の皆様すみません、撮影日誌が周回遅れになっておりまする。