いつもの駅前の立ち飲み屋で飲んでいると、隣でしきりに自分の独り言に自分でうなずきながら酒を飲んでいたおばさんが、勘定を済ませて帰りしなに「これあなたにあげる」と箱から最後の一本を取り出し、女の人が吸うようなフィリップモリスの細長い煙草をくれた。こんな煙草は絶対吸わないから、卓の上にそのまま置いてきても良かったのだけれど、何となくそれもつれない気がして、とりあえず、自分の煙草の袋に入れて持って帰った。
飲み屋を出て、家の近くのスーパーまで鼻歌でMETALLICAの『ONE』を口ずさみながら歩く。スーパーまでは駅から歩いて10分ほどあるから『ONE』だと曲が途中で終わってしまうのだけど、そんな時は、ギターソロの部分を余計にもう1回ぐらい鼻歌で歌えばちょうどいい。
スーパーの売り場をかごを下げて歩いていると、後ろから何者かが走り寄る足音がしたので、振り向くと、小学1年生ぐらいの男の子が、こっちを指差して「それ、アルカポネ」とだけ言うと、振り返り走り去って行った。何の事だかさっぱりわからず買い物を続け、レジに並んでいると、背後からさっきの少年の「ほら、お母さん、あれ、アルカポネ」という声がまた聞こえ、やっとのこと少年が言っているのは、自分がかぶっている中折れ帽の事だと気がつく。振り返って少年に、ロバート・デ・ニーロの物真似をする、テルさんの物真似をしてやっても良かったのだけど、自分と同い年ぐらいのお母さんの前で、それをやる度胸はさすがになかった。
自分の人間の小ささを悔やみつつ、家の鏡の前で、ロバート・デ・ニーロの物真似をする、テルさんの物真似をやってみる。「ホントやらなくてよかった!」とほっと胸を撫で下ろす。